静寂の中で心が震えた瞬間 – ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』を観て

映画

映画館に足を運ぶと、時折、心の奥底に深く響く作品に出会うことがあります。そんな特別な映画に出会った瞬間、その余韻は長く心に残り、ふとした瞬間に思い返すことになる。先日、『PERFECT DAYS』を観た時がまさにその瞬間でした。田舎の単館映画館という、どこか懐かしさを感じる場所で、この静かな作品と向き合い、忘れられない体験をしたのです。

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映画『PERFECT DAYS』とは

ヴィム・ヴェンダース監督が役所広司さんを主演に迎え、東京を舞台にトイレ清掃員の男が送る日々を描いたドラマ映画です。2023年に公開され、カンヌ国際映画祭で役所広司さんが最優秀男優賞を受賞するなど、世界的に高い評価を得ています。

あらすじ

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を過ごしています。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれませんが、平山は毎日を新しい日として生きています。

木漏れ日といった、見逃しそうな小さなことに注目し美しいと感じる平山は、身近に幸せを見つけるプロフェッショナルだと言えるでしょう。毎日木漏れ日の写真を撮り、年代別に纏めた箱は積み重なっていく。おそらく何年も同じ生活をしているのだろう。写真はまるで日記がわりのようです。

魅力

  • 日常の美しさ: トイレ清掃という平凡な仕事を通して、日常の中に隠された美しさや喜びを丁寧に描き出しています。
  • 役所広司さんの繊細な演技: 役所広司さんの繊細な演技が、平山の心の動きを細やかに表現し、観る者の心を揺さぶります。
  • ヴィム・ヴェンダース監督の映像美: ヴィム・ヴェンダース監督ならではの美しい映像が、東京の風景を新たな視点で捉え、観る者を魅了します。
  • 音楽と読書: 平山は、音楽や読書を愛し、それらを通して心の豊かさを得ています。映画の中で流れる音楽も、作品の雰囲気を盛り上げています。

テーマ

  • 日常の大切さ: 私たちが当たり前と思っている日常の中に、実はたくさんの喜びや美しさがあるということを教えてくれます。
  • 幸せとは何か: 物質的な豊かさではなく、心の豊かさこそが本当の幸せであることを教えてくれます。
  • 時間と記憶: 平山が撮りためた写真のように、時間は刻々と流れ、記憶は積み重なっていく。人生の儚さや美しさを考えさせられます。

この映画がおすすめな人

  • 日常の何気ないものに感動したい人
  • 役所広司さんのファン
  • ヴィム・ヴェンダース監督の作品が好きな人
  • スローライフに興味がある人
  • 心を穏やかにしたい人

「THE TOKYO TOILET プロジェクト」: 映画に登場するトイレは、このプロジェクトによって改修されたものです。
受賞歴: カンヌ国際映画祭男優賞、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞など、数々の賞を受賞しています。

映画『PERFECT DAYS』は、私たちが普段見過ごしている日常の美しさに気づかせてくれる、心に温かい光を灯してくれるような作品です。

感想(ネタバレあり。ネタバレもくそもないが)

横に座ってた女性が泣き出した

先日、田舎の小さな単館映画館でヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観ました。東京の喧騒から離れたその場所で、この映画に出会えたことは偶然ではなく、むしろ必然だったのかもしれません。大きな宣伝や派手なプロモーションはなくても、その作品は深い余韻を残し、観る者の心の琴線に静かに触れていきます。そんな風に、私もこの作品に心を奪われた一人です。

隣に座っていた見ず知らずの女性が、あるシーンで突然涙をこぼし始めました。涙を拭う姿が目に入りましたが、そのシーンは一般的に「泣けるシーン」とは言い難いものでした。この映画において、誰もが泣くような劇的なシーンや感動のクライマックスは存在しません。むしろ、物語全体において大きな起伏が少なく、決定的な何かが起こるわけでもありません。それにもかかわらず、彼女は涙を流し、私はその瞬間に、映画が人の心に届く力を再認識しました。

監督、天才かよ

『PERFECT DAYS』は、静かで穏やかな日常を描き出し、その中に隠された感情や意味を観客に委ねます。まるで日々の生活の中で、普段は見過ごしてしまうような小さな出来事や一瞬の表情にこそ、人生の真実があるとでも言うかのように。見ず知らずの女性が泣いたのは、そんな瞬間の中に、自分自身の経験や感情を見出したからかもしれません。この映画は、観る者それぞれが違う「何か」を感じ取れる、そんな多層的な作品なのです。

映画としての派手な起伏がないにもかかわらず、私はこの作品を「最高の映画だった」と感じました。それは単にストーリーや演技が良かったからではありません。むしろ、この映画には、監督ヴィム・ヴェンダースの卓越した感性が表現されています。ヴェンダース監督はドイツ出身でありながら、日本という国の独特の美意識や情緒、そして「もののあわれ」という感覚を見事に取り込んでいます。「もののあわれ」は、言葉では説明しにくい日本の美意識ですが、簡単に言えば、無常や儚さに対する感傷的な感覚です。それを、日本人でもない監督が細胞レベルで理解し、スクリーンの中で具現化していることには驚きを隠せませんでした。

「監督天才かよ」と思わずつぶやいてしまいました。どうしてそんなことができるのでしょう?文化や国境を超えて、人間の根源的な感情を捉える力があるからこそ、こんなにも日本的でありながら、普遍的な作品が生まれるのでしょう。

音楽のセンスも飛び抜けている

音楽もこの映画の魅力の一つです。映画の中で流れる楽曲は、まるで登場人物たちの日常を彩る風景音のように自然に溶け込んでいます。劇的な音楽ではなく、ただそこにある音楽。しかし、それが映画全体の雰囲気を一層引き立てているのです。Spotifyには、映画で使用された楽曲が収録されたプレイリストが公開されており、自分でも何度も繰り返し聴いています。特に、個人的には「青い魚」という楽曲が白眉です。これは唯一の日本人アーティストによる楽曲で、映画の中で流れるたびに心に染み渡りました。

映画『PERFECT DAYS』は、人生のターニングポイントで何度も観返したくなる作品だと感じます。観るタイミングによって、受け取る感情や意味が変わる、まるでカメレオンのような映画です。若い頃に観た時と、人生の酸いも甘いも噛み分けた後で観た時では、全く違った視点で楽しめることでしょう。

これから何回も見直す映画になりそう

ラストシーンの役所広司の演技、特に彼の「顔芸」とも言える表情の変化に、何を感じればいいのか。映画を見終わった後、その問いが頭の中で何度も繰り返されました。しかし、その答えを言葉にすることは、あまりにも野暮な気がします。この映画に対する感情は、言葉では語り尽くせない部分が多く、観る人それぞれが自分の感じたことを大切にすべきなのです。

何度も観ることができる、そしてその度に新しい発見がある。そんな映画に出会えたことを、本当に幸運だと思います。

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